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言葉の重み

新たなコミュケーションツールとして重宝されているツイッター。一般的なサラリーマンから総資産何億円という人まで、携帯やパソコンなどのネットワーク端末さえあれば誰でも利用出来るサービスです。しかし最近では有名人などの失言が原因で物議を醸すという話はとても多く聞くようになりました。
ツイッターはブログなどとは違い、一回の最大発言量は140文字になります。もちろん、一度だけで完結する必要などないので、二度三度呟いていけば通常のブログなんかと大差が無くなるのですが、それでも始まりは140文字です。
140文字の表現というのは思いのほか心許ないと感じる人は多いのではないでしょうか。例えば相手に誤解の無いように言葉を尽くそうとすると、どうしても長くなってしまう為、その場合やむなく分割して呟いていくしかありません。しかし、各種ツイートを見ていると、140文字一回でいとも容易く相手に自分の思いを伝達する場合があります。それは純粋な思考と純粋な悪意の二つになります。
人によって捉え方は様々ですが、純粋な思考というのは単純に「おお、良い事言ってるわぁ」と見た人が感じるもの。ネタであれなんであれです。いずれも純粋な思考によって生まれ、140文字内に凝縮された言葉となります。
それに対してもう一方の純粋な悪意というのは、前者である純粋な思考の構築パターンの逆にあたり、精錬する前の、いわば感情の原石をそのまま文章にしたモノになります。
純粋な悪意といった時、誹謗中傷・バッシング、これらの行為をまず連想するかもしれません。確かにそれはその通りなのですが、ツイッターに限らず、こういった感情の原石はいたるところで見る事が出来ます。それこそ、実生活においてもで、こうした言葉がキッカケで争いが起こることもよくあります。
時に言葉は千の刃よりも凄惨に人を傷つける事が出来る事があります。 現段階のネット社会においては、音である声ではなく、文字の言葉が氾濫しています。そんな中で、自分の使う言葉の重みや威力を、もう少しだけ考えてみても良いのかもしれません。
日本人は、古くから言葉というものをとても大切にしてきました。ちょっとしたメッセージを伝えるためにも、メモ紙を使うのではなく一筆箋を使うのもそうした心遣いからです。贈り物の際に使う箱というのは、中身を取り出した後は捨ててしまうものなので何でもいいと思ってしまいがちですが、本当にそうなら美しいデザインのラッピング用ダンボール製品は生まれてこないはずです。
人に気持ちを伝えるという日本の文化は、単なる140文字の文字列に収めることはできないのでしょう。


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段ボール紙で書いて紙芝居やがありました、段ボールで作ってあるめんこでは、良く遊んだ記憶もあります